Episode 1 - 50 Years In A Heartbeat: The Story Of The Dark Side Of The Moon 【Recording】
Episode 1 - 50 Years In A Heartbeat: The Story Of The Dark Side Of The Moon 【Recording】
(以下ピンク・フロイド『狂気』50周年記念ドキュメンタリー映像第一弾「レコーディング」の訳になります)
PINK FLOYD The Dark Side Of The Moon
-David Gilmour at Abbey Road Studio with Black Strats
1972年はピンク・フロイドにとって忙しい年だった。1月はリハーサルで始まり、『狂気』をブライトンのザ・ドーム(現ブライトン・ドーム)で初めて試したが、技術上の問題で「マネー」の途中で中断してしまった。
全英ツアーの残りの日程は成功し、『狂気』プロジェクトも形になっていった。2月にはサウンドトラック『雲の影』をエルヴィル城(Château d'Hérouville)で制作。その後日本と北米のツアーを経て、レコーディングのためにアビー・ロード・スタジオに入った。続いてローラン・プティ率いるマルセイユ国立バレエ団に伴うヨーロッパ・ツアーが行われた。1973年の1・2月には、アルバム完成に向けてアビー・ロード・スタジオでさらなるセッションが行われた。
(曲「マネー」)
ロジャー・ウォーターズ:「『狂気』は何としても表現したかった政治的・思想的・人道的な共感の形だった」
(曲「アス・アンド・ゼム」)
リチャード・ライト:「『狂気』ではバンドが一体となって取り組んでいた気がする。とてもクリエイティヴな時期だったね。みんなとてもオープンだったし」
ロジャー:「まだ共通のゴールがあったんだと思う」
ニック・メイスン:「4人全員で話し合って、今でいうコンセプト・アルバムを作ることになった」
-Howard Goodall :Comoser and Broadcaster
ハワード・グッドオール(作曲家・ブロードキャスター):「リリースされた1973年当時『狂気』が革新的で新鮮だったのには理由がある。アビー・ロード・スタジオのスタジオ2と3で1年間にわたってきめ細かなレコーディングが行われたこのアルバムは、いくつかの大きなテーマに沿っていた。特にロジャーの考えたテーマが大きかった。狂気、孤立感、疎外感、悲しみなどが、逆に温かみのある楽しい雰囲気の音楽で表現されることが多かった。
ロジャー:「人生観に影響を与えることがらがいくつか出てくる。狂気、死、共感、貪欲など、その人を特定の方向に押しやってしまう力を持つプレッシャーが存在するんだ」
グッドオール:「ピンク・フロイドはアルバムの1面全体だけではなく、最初から最後まですべてを繋げるということをこれの前の2作(前作が『雲の影』その前が『おせっかい』)で始め、『狂気』で大成功を収めた」
ロジャー:「“空中で呼吸をしろ/気にすることを恐れるな('Breathe in the air / Don't be afraid to care')”ということさ」
デヴィッド・ギルモア:「曲や全体の文脈の中で、そういうシンプルな忠告が受け容れられる姿勢が聴く側にできていたと思う。自分の意見を固守して、真の人生を送るための準備としてね」
(曲「生命の息吹き」)
リチャード:「とてもハッピーでクリエイティヴで楽しい時期にこのアルバムを作ったと思っている」
ニック:「僕たちのキャリアの中でも最も集中した時期のアルバムだね」
デヴィッド:「ミックスを最後まで通しで聴いたときのことをはっきり憶えている。実にファンタスティックなものを作ったぞと思ったんだ」
ロジャー:「このアルバムには作り物的な箇所が一切ないんだ。不自然さも一切ない。だからこそ息の長い作品になっているのかもしれないね」
(曲「狂気日食」)
アルバムはビルボードのチャート初登場1位となり、それ以来全世界で合計4500万枚以上を売り上げているほか、33年間にわたってトップ200にチャート・インし続けた。